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自分の人生を受け入れるということ

先日、社外の方と会話していたら、その場しのぎの仕事しかしない人がいて
困っているという話を聞きました。

とにかく、問題を起こさずにその場をまとめることだけに終始するような
方らしく、「問題を嫌い、何も起こらない日々を求める」ような人なんだそうな。

当然見えないところで問題が積まれていき、いつか山積みになった問題が
雪崩のようにくずれてくるわけで、まぁ自業自得ですよねというオチだった
のだけど、個人的には問題から逃げてばかりの人は本当にもったいない
人生だと心から同情してしまう。

その場しのぎな仕事を繰り返していると、自分の考えではなく、
他人の考えに歩調を合わせはじめ、輝きのない仕事のやり方に変わり、
いつしか自分という実体のない、単なる作業員に成り代わる。

そうならないためには、長期的な視点で自分の人生や生き方に
向き合うことが大事なんだろうなぁと思います。

これからの自分の人生をどのように生きていきたいか?
人生の最後をどのように迎えたいのか?
そのためには、今をどう生きればよいのか?

自分の人生に真剣に向き合うことに恐れてはいけないなぁと
思う今日この頃。

出会いと別れ

この時期は出会いと別れの季節。

希望と夢を持って入社してくる人たちと出会い、
新たな夢を追いかけるために去っていく人たちと別れ、
そして俺はそんな「出会いと別れの狭間」で愚直に日々のタスクを積み上げる。

ただ愚直に。

人生のすべては出会いと別れの中にある。
決して人生の中に出会いと別れがあるわけではない。

人生は出会いとともに始まり、別れとともに終わるのである。

所詮、人生なんてのはそんなもんである。

できないとしないの違い

「やりたかったのにできない」のと、「やれたのにしないこと」は、
結論が一緒でもそこにたどり着くまでの過程は大きく違う。

一方は切羽詰まっていて、もう一方は余裕な感じ。

一方はモチベーションがどん底で、もう一方はモチベーションは
レッドゾーンみたいな。

一方はそのことを長い間忘れることはできないけど、
もう一方は日を重ねるごとに記憶の彼方へと消えていくのだろう。

うんと努力して、寝る間を削って、必死になって目標に向かって
努力した結果、夢を掴めずに諦めたのと、夢を実現出来る立場にいるのに、
別の選択肢を選んだことでその夢を諦めたのでは、結果は同じでもやっぱ違う。

やりたくてもできなかったことが、努力次第でやれることに変わるもので
あればまだ良いんだけど、努力がどうこうの前にそもそも自分では
どうしようもできないようなことの場合を諦めるのってやっぱきついよね。

だとしても、「やりたかったのにできない」のと、「やれたのにしないこと」は、
「最終的に結果は同じなんだ」という境地に達することは大事だと思う。

だってそれを引きずって生きていって何になる?

むしろ努力した分、俺の方がポテンシャルは上だぜぐらいの勢いの方が、
人生楽しいワケだし。

そこに至るまでには長い時間がかかるのかもしれないけど、
結局はそんなもんだと思う。

生きているうちにやらなければいけないこと

目の前から居なくなってから初めて、自分にとってかけがえのない
存在であったと気づくことほど愚かな事はない。

なぜあの時、あんなことをしてしまったのか?

そう気づくのはいつも失ってから。

そのたびに、今度からはそうなるまいと心に誓っていても
また同じ行為を繰り返す。

記憶と決意を一生忘れないように、心の奥底にまで沈めない限り
人は愚かな行為から抜け出すことは出来ないのだろう。

大事なものを失う前に気づかせてくれた、あなたに感謝。

そんな一日

幸せって

人は毎日を幸せに生きたいと思っている

でも人によって何が幸せかの価値観は違う。

毎日を幸せに生きたいために、あえて困難な道を選ぶ人
毎日を幸せに生きたいために、困難な道を避けて楽な道を選ぶ人

どちらもある意味ポジティブシンキング。

どちらが良いのかは分からない。

人の価値観ってのは本当に分からない